Essay

嫌いな人を心の中からきれいさっぱり追い出す方法

「あんなヤツ、私の目の前からいなくなればいいのに」

ついそう思ってしまうほど意地悪で大嫌いな人が目の前にいて、日常的に同じ空間で顔を合わせるのは苦痛でしかありません。

そんな時の解決法は主に3つ。

  1. 自分がそこを去る
  2. 相手が去るのを待つ
  3. 自分の心を変える

1と2は実現するにはなかなか難しいですよね。

そこでこの記事では3つめの「自分の心を変える方法」つまり、自分の生活圏内から追い出すことはできないまでも、せめて自分の心の中だけでも大嫌いな人の存在を追い出す方法についてお伝えします。

嫌いなら嫌いでいい、自分の正直な気持を肯定しよう

道徳本そのままの「誰かを嫌うのは悪いこと」を信じて疑わない良い子ちゃんぶった人は「どんな人にでも良いところは必ずある。そこを探して好きになれ」みたいな、とんでもなく無茶で無神経な難題をふっかけてくることがあります。

このような「私は正しいことを言ってます」アピールでしかない戯言は、速攻で無視することをオススメします。

嫌いなものはどうしたって嫌いだし、嫌な記憶はそうかんたんに消し去ることはできないし、そんなことができたら誰だって最初から悩みませんよね?

どうせ探すなら相手の嫌いなところを積極的に探しましょう。

そして「やっぱり嫌だわ〜、この人」と、相手を嫌う自分の正直な気持を、自分だけでも肯定しましょう。もっともっと徹底的に嫌いになってください。

無理に無関心になる、無理に忘れる、無理に良いところを探すなど、いくつもの無理を積み重ねるより、一旦は受け入れた方がはるかに心の負担が少なくてすみます。

それを繰り返すうちに「なんとなく嫌い」、「なんとなく虫が好かない」といった漠然としたものではなく、「これなら嫌って当然だよね」という、嫌いな理由に対する理論づけができるようになっていくのです。

第一ステップの目的は、心で感じていた感情的・感覚的な嫌いな気持を、きちんと言語化できる理性的なものに移行していくことです。

それなくして次へは進めません。

嫌いな気持を見える化しても良い

もし可能なら嫌いな理由を文字に起こして、見える化するのも効果的です。

文字にする作業の過程で、自分と相手の関係性を客観的に考えられる、もうひとりの自分が生まれてきます。

嫌いな相手と同じレベルに成り下がらならない

「私はあの人のこういうところが嫌い」という、きちんとした理由が見えてきたら、その人と同じレベルになり下がらないことだけを心がけましょう。

特に相手が自分と同じレベルに引きずり下ろしたくてあなたに絡んでくるような場合(ネチネチイヤミを言う・暴言を吐く・悪口を言う, etc., )ほど柳に風と受け流し、決して応戦しない、言い返さない、反応しない、頭にきても相手にしないといった大人の対応を心がけてください。

それさえ守っていれば、相手の稚拙な思惑は失敗ということになりますから。

悔しければ悔しいほど、相手の願いを決して叶えてはいけません。

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それを繰り返すうちにどんどん相手のくだらなさ・醜悪さ・滑稽さが見えてきて、哀れみすら感じるまでになるはずです。

「あんな低レベルの相手のために、この私が付き合ってあげるなんて私の恥だ」と、自然に思えるようになるまでが第二ステップです。

嫌いを通り越して軽蔑する段階まで来たらしめたもの。

相手が落ちていくのを高みの見物

さてここからがいちばん大切です。

嫌いなら嫌いなままでいい。あなたは社会人として大人としてこれまでと同様、やるべきことを粛々とこなしながら生活していきましょう。

卑怯な挑発に乗ることなく、堂々と楽しく暮らす。やるべきことをきちんとこなし、幸せな生き様を見せつける。相手にとってはきっと、それがいちばん悔しいはずです。

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人に粘着していじめ抜くような人は、心を病んでいる邪悪な人物です。自分が不幸だからその不幸を他人に分け与え、自分のレベルに巻き込もうとするのです。

何をどう取り繕っても本来の姿は隠しきれるものではありません。時間の経過とともに、やがて周囲の知るところとなるはずです。

やがて墓穴を掘って勝手に落ちていくか、周囲の信用を失うか、思わぬところから不意打ちのような弾圧を食らうことになるか。

相手の行く先は必然的に見えてくるのではないですか?

その頃には無理に自分の心から相手を追い出そうとしなくても、相手の存在自体が自分にとってどうでもいいものになってるかもしれません。「ゴキブリ相手に目くじら立てることはない」という具合に。

「高みの見物」とは、そんな状態になったときこそ初めてできるのです。なおこれは、自分の経験上で得た結論です。

 

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蒼 じゅりあ
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サイト名の「Un Jour」とは、フランス語で「ある一日」という意味です。日々の記録・エッセイをまったりと綴っていきます。

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