Essay

引き際をポジティブに!何かをやめたいと思ったときに確認したいこと

引き際をポジティブに!何かをやめたいと思ったときに確認したいこと

何かを始めるよりも、今までずっと関わってきたことから身を引くのはとても勇気がいること。

気持ちはやめたくてしかたないのに、その勇気が持てないあまり心の中は不平不満でいっぱい。

「やめたい、でもやめるのが怖い」

そんな堂々巡りで自問自答を続けている時に、自分の心に向き合って確認したいことをお伝えします。

なぜやめる勇気が持てないのだろう


ものごとを始めるのはポジティブなイメージがあります。しかしやめることに対しては、自分も含めた世間一般がマイナスのイメージを持っています。

例えば離婚、離職、学校を中退といった、それまでずっと続けていたことをやめる場合、人からよく「なんで?」と聞かれますよね。でも始める時はなぜか聞かれない。

それは聞く人が持つ、やめることへのマイナスのイメージがそうさせているのです。あとは「何かあったのかな?」というゲスな好奇心も加わるでしょう。

自分もそういう目で見られるかもしれないと想像してしまうから、悪い印象を持たれない、誰もが納得する立派な理由を用意しなきゃと、つい身構えてしまう。その過程でよけいなことまで考えてしまうのです。

足かせを取り払う

「もしかしたらある日、その世界にいた人たちに道でバッタリ会う可能性があるかも」とか、「もう少し続けていればよかったと後悔するかもしれない」とか、「裏切り者と、自分が悪く言われたらどうしよう」など、やめた後のことまでついあれこれ考えてしまう。

それらが「やめたいのにやめられない」足かせになっているのです。

でもそんなのは「起きるかどうかもわからない未確定要素」です。しかもそのほとんどが、周囲から刷り込まれたイメージです。

本当に考えなければならないのは「今がベストな引き際なのか」と「やめた後に自分がどうするか?」です。他人のことではありません。そんなくだらない足かせを追い払って自分のことだけを考えましょう。

迷ったら一週間だけ離れてみよう
迷ったら一週間だけ離れてみよう「仕事や人間関係に疲れた、今の環境が本当に自分に合っているのだろうか?」 人は常に順調とは限りません。心に迷いが出てくると、ふと「...

人の口に戸はたてられない

やめる人を悪く言うのはどこの世界にもあることです。でもそういう環境ほど、やめずに残っている人のことも悪く言ってます。陰口の多い、良くない環境ですね。

脱・人間関係至上主義!純粋に趣味だけを楽しみたい
脱・人間関係至上主義!純粋に趣味だけを楽しみたい人が二人以上集まれば、地域、職場、趣味の集まりの場で人間関係が生まれます。 人間関係というのはいい時ばかりではありません。悪いこと...

陰口くらい言われたっていいじゃないですか。どうせやめるのですから。しかも自分が直接それを聞くわけではありません。彼ら彼女たちがやめた時に悪く言うのはほんのいっときです。新しい話題ができれば、おしゃべり雀たちはあっという間に他の話題に飛びつきます。

でもそこに残っている限り、ずっと言われ続け、聞き続けるのです。

もしそんな環境なら、残るメリットはありません。さっさと去る方がずっと賢いです。

引き際の見極め方

私個人でいえば、今までずっと続けてきた趣味のスポーツを、そろそろやめようと考えてます。

少し前からスポーツそのものへの向き合い方を少しずつ変えようと考えていました。試合が第一という今の所属チームを抜けて、もっと自由なお遊び感覚のサークルに鞍替えしたいなと思うようになったのです。

楽しくなければ趣味じゃない
楽しくなければ趣味じゃないこんにちは。蒼じゅりあです。 突然ですがみなさんは、何か趣味にしているものがありますか。 心から楽しんでますか。 何の...

ときめきがなくなったのを実感したとき

でも最近、そのスポーツそのものにときめかなくなっている自分に気づきました。始めた頃の情熱が全くなくて、そこに出かけていくのも億劫な時があります。「行かなきゃ」みたいな感じで重い腰を持ち上げてやっと出かけて、帰ってくるとホッとするという、これは完全に気持ちが冷めた・離れた証拠です。

そんなことが続き、やめ時かもしれないと、自分で判断したわけです。

終わりがあるのはあたりまえ


何かをやめることに対するマイナスのイメージを、まず自分が捨ててしまわないと後味が悪いものになってしまいます。自己嫌悪に陥ってしまいます。

やめることは悪ではありません。山だって登ったら下山するのはあたりまえ。ずっと頂上に居続ければ遭難します。登るよりも降り方がだいじです。高さがあるほど滑落したら大怪我をするからです。

そのためには終わりがあることを認めて、一歩一歩、丁寧・確実に下山することを考えないと登る前の日常には戻れません。そう、やめるのは始める前に戻るだけのこと。決して悪いことではないのです。

その肝心のやめ方ですが、登った時の倍の時間をかけてゆっくり下山するような、静かなフェードアウトのスタイルを取る、やめるのではなく卒業と考えて堂々としている、正直な気持ちを伝えて理解を得るなど、やり方は人それぞれです。

居続けることの方が悪い場合もある

スポーツは特に、年齢を重ねれば継続は困難になります。できなくなる日は必ず訪れます。

けれど、とうにできなくなっているのに「若いモンにはまだまだ負けない」みたいな、頑なに終わりを認めようとしない人をよく見かけます。

食事がとっくに終わっているのに、まだ何か出てくるんじゃないのかと、いつまでもテーブルにはりついている人みたいで、実に見苦しい。また惰性で続けるのも、空腹でもないのにダラダラ食べ続けるのと同じで贅肉になるだけです。

やめることがマイナスではありません。おこぼれをもらおうとする、意地汚い人の方がマイナスなのです。

引き際の美学に従い、見苦しい姿を晒す前に潔くやめるのはむしろポジティブでは?と、最近はそんな風にも考えています。

最後に

どちらにせよ、自分で考えた末にやめるなら、それは決してマイナスではありません。清々しい気持ちで次の山を探すもよし、しばらくのんびり休息してから次の目的地を探すもよし。

そのためには外野のくだらない雑音から一度スッパリ離れてみることをオススメします。自分の心にじっくり向き合えば、やがて必ず進むべき方向性が見えてくるものと信じています。

ABOUT ME
蒼 じゅりあ
蒼 じゅりあ
サイト名の「Un Jour」とは、フランス語で「ある一日」という意味です。日々の記録・エッセイをまったりと綴っていきます。