Essay

楽しくなければ趣味じゃない

楽しくなければ趣味じゃない

こんにちは。蒼じゅりあです。

突然ですがみなさんは、何か趣味にしているものがありますか。

心から楽しんでますか。

何の趣味についても言えることですが、スタートするときって、すごく気軽な気持ちで始めますよね。始めた当初は右も左もわからず、無我夢中。それを乗り越えていくと、少しずつ楽しさもわかってくる。

そしてもっと面白くなっていくと、生活を彩るための趣味だったはずなのに、だんだんと欲が出てきていつしか趣味のための生活になっていく人って意外と多いのではないですか。

がんばったらがんばっただけの成果が出ればいいけど、ある一定のレベルに達すると、必ずしもそうではなくなります。

するとマイナスの感情──焦り、プレッシャー、嫉妬などに押しつぶされ、周囲との関係がギクシャクしたり。伸び悩みからいつしか惰性になり、目標のそものがなくなって楽しくなくなる…。そんな人はたくさんいます。

楽しむはずの趣味なのに、苦しみしかもたらさない状態になってると感じたら、ぜひ一度立ち止まってみてほしいというのが今回のお話しです。

趣味の人間関係で疲れを感じてる

私の場合はあるスポーツ競技。

始めた動機は少し体を動かしたい。年を重ねても末長くできるスポーツを、体が動く今のうちに始めたい的な、そんな軽い気持ちで始めました。

それから9年。いろいろあったけど、なんとか続けることができたし、少し前まで楽しくてしかたありませんでした。

趣味ほど人となりがよくわかる

ところが最近、人間関係でちょっとイヤなことがあって、全く楽しくないのです。人って嫉妬に駆られると、ここまで意地悪になれるものかと驚いています。「たかが趣味じゃない」って思いますが、逆に趣味だからこそ、人となりが出やすいのかもしれません。

今までは基本、そういった悪意には無視の姿勢を貫いてきました。

しかし、あることを堺にして以来、今まで感じてはいたけど、極力見ないようにしていたものが一気に視界に入ってくるようになったのです。見たくもない醜い部分をモロに見せつけられると、ただ純粋にそのスポーツを続けていきたいという気持ちより、とにかくこの場から少しでも早く離れたい気持ちの方が勝ってしまうのです。

それでこの先どうしようかなと、今考えているところです。

どこにでもイヤな人はいるって本当?

世間でよく言われている「どこにでもイヤな人はいるから、そういう人は相手にするな」って、コレ、どうなんでしょう?

半分当たっているけど、半分ハズレのような気がします。

人が環境を作る

世の中色んな人はいるから確かにそうかもしれません。でも悪い環境はイヤな人がのさばりやすくなります。ふつうならどこに行っても相手にされないような人が、悪い環境ではなぜか天下を取るようになっていい人が居づらくなっていくのです。

いい環境はこの逆。悪い人の方が居づらくなって去っていきます。ごくあたりまえなのこと、おかしいことをおかしいと言えば非難されるなんて、どう考えても私がいる場所はふつうじゃありません。

悪いと知りながら、保身のために自分から長いものに巻かれていく人あり。ちっぽけなプライドを守るために、影で足を引っ張るような工作をする人あり。ああ~、もううんざり。

そんな風に感じだしたら、初心に帰って楽しくできる環境を探すしかないかなと、最近はそんな風に感じてます。

だって、楽しくなければ趣味じゃないでしょ?

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蒼 じゅりあ
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サイト名の「Un Jour」とは、フランス語で「ある一日」という意味です。日々の記録・エッセイをまったりと綴っていきます。