Diary

価値観の押しつけは歪んだ支配欲の表れ

価値観の押しつけは歪んだ支配欲の表れ

食べ物ひとつとっても人の価値観がわかります。特に好き嫌いに関して。

「これ、美味しいよ」と言われて差し出されたのが一口サイズのチーズ。

「ごめんなさい。私、乳製品が苦手で…」

口にすることができないから断わりました。そんなとき、人の反応は大きく二つに分かれます。

「あら、キライだった?気づかなくてごめんね」と、断った私の気持ちを配慮して「ごめんね」と言ってくれる人。そういう人には「いえ、せっかくなのに、こちらこそごめんなさい」と素直に言えます。

他人の好き嫌いに意見する人が苦手


でもこんな人は困っちゃう。

「えっ?なんで?美味しいじゃない。チーズは体にいいんだよ。食べなきゃダメよ!」

私にとってこういう人は、チーズ以上に苦手です。

本人はきっと親切のつもりで、自分が食べて美味しいと思っているから私に薦めたのでしょう。確かにそこまではご厚意であると、私も重々理解しております。

でもその後のフレーズが全てを打ち砕くのです。

感覚的な好き嫌いに”なんで?”と理由を問われても、答えようがない。”美味しいじゃない”って言われても、私は美味しく感じない。チーズが体にいいことも知ってるし、栄養があることも知ってるけど…。

そもそも、保護者でもないあなたに、なんで説教されなきゃならないの?

ちょっと、いや、かなーりモヤっとするわけです。

でも本人はそれがわからない。それどころか、自分が正しいことを言ってる気分になっている。

食の価値観で人の相性がわかる

こんなこともありました。同じ人と私の好物であるラーメンの話になったとき、やれ塩分がどうのと、また説教。しまいには私の好物であるラーメンをジャンクフードとまで言いました。

ウザっと思う以上に、ああこの人は、食べ物を体に良いか悪いかで判断しているんだとわかりました。それはその人の価値観だから別にいいけど、私にも私の価値観があります。

私はそういうことには無頓着。もちろん明らかに害があるとわかっているものには手を出さないけど、自分がそのときに食べたいもの、自分が美味しいと思うものを基準に選ぶタイプです。何を食べようかと考えたとき、いちいち健康がーとか、体にいいからーなんて考えていませんよ。

価値観の押しつけは支配欲の表れ

それにしても違う人間同士、互いの価値観は違ってあたりまえと、なんで思えないのでしょう。自分の価値観がいつも正しいわけでもないのに、なんで良いか悪いかでしか判断できないのでしょう。

と、そんなことを考えていて「あっ」と思ったのは、この手のタイプの人って、何かにつけて支配的な人が多いということ。表面的には親切そうに「私はあなたのためを思っているのですよ」という態度で接してくるけど、実は違う。「あなたのためを思っている私を認めろ」ってことです。

きっとこの人の中では「チーズを断る=自分が認められない」という方程式が出来上がったのかもしれません。そんなに自信がないのかねぇ?どちらにしてもめんどくさい女だわ。

ABOUT ME
蒼 じゅりあ
蒼 じゅりあ
サイト名の「Un Jour」とは、フランス語で「ある一日」という意味です。日々の記録・エッセイをまったりと綴っていきます。